Case
事例紹介
「個社最適」から「価値共創」へ
J.フロントリテイリング株式会社 様
大丸松坂屋百貨店、パルコなどを傘下に持つ小売グループ。2024年、経営体制を刷新し、「価値共創リテーラーグループ」への進化を掲げた新中期経営計画を発表した。
2024年、J.フロントリテイリングは大きな転換点を迎えた。48歳の小野圭一氏が代表執行役社長に就任し、新中期経営計画が発表された。掲げたのは「価値共創リテーラーグループ」への進化。グループ一体となって新しい価値を創造していくという方向性だ。
しかし、戦略を掲げるだけでは組織は変わらない。経営の意思を現場に届け、一人ひとりの行動を変えていくには「翻訳者」が必要だった。その役割を担うのは、部長層。グループ全体の部長約250名を対象に、上期・下期でテーマを変えた2段階構成の研修が実施された。単なるスキル習得ではなく、長年染みついた成功体験をアンラーニングし、意識の根本を揺さぶるための設計だった。
人財開発責任者として本プロジェクトを担った今津貴子執行役に、企画提案から研修設計、研修におけるファシリテーションまでを伴走した私たちスタンスが、変革の起点となった組織課題、研修設計の狙い、そして1年目の手応えと残る課題を聞いた。
変革の起点——「遠心力」という構造課題
J.フロントリテイリング株式会社
人財戦略統括部 グループ人財開発部長 執行役
今津 貴子様
2024年に経営体制が刷新され、新中期経営計画(以下、中計)が発表されました。そこで見えてきた組織課題とは何でしたか。
今津さま:一言で言えば、「遠心力が働きすぎていた」ということですね。グループ全体が個社最適しか考えていなかった。パルコはパルコファーストで考えるし、百貨店は百貨店ファーストで、「JFRグループを作っているのは自分たちだぞ」というくらいの自負がある。それぞれが有機的につながっていけば、もっと広がりが出るはずなのに、グループとしての力を最大化できていなかったんです。
では、なぜそうなってしまったのか。背景には、特に百貨店事業における強烈な成功体験があります。仕事を細かく切って、マニュアル化しました。「あなたはこれとこれをやる人です、それ以外はやらなくていい」と。そこをグッと効率よくやっていきなさいと。長年続いた日本のデフレ経済の中で、コストを下げ、業務を効率化するという戦略は、当時は最適でした。それが大成功して、百貨店業界の中でナンバーワンになった。
ただ、その成功体験が組織に染みついてしまったんですね。マニュアル化したことで、考える必要がなくなりました。では、マニュアルにないことは誰が考えていたかと言えば、トップが考えていたんです。今いるメンバーはトップダウン文化が染みついている。強烈な成功体験という正解に、ある意味でとらわれていると感じました。
しかし、時代は変わりました。デジタル、テクノロジー、AIがすごい勢いで進化している。30年前に正解だった戦略が、今も正解なはずがない。それは誰が考えてもわかることですよね。だからこそ、48歳の小野を社長に据えた。「変えるぞ」という経営の強い意思です。新しい中計で打ち出された「価値共創リテーラーグループになる」という方向性。グループ一体となって、ワンチームでやっていく。それを実現するために、まず変わらなければいけないのは誰か——私たちは、部長だと考えました。
なぜ部長なのか——現場への影響力と「翻訳者」の役割
変革の担い手として、なぜ部長層に着目されたのでしょうか。役員ではなく、マネージャーでもなく。
今津さま:シンプルに言えば、部長が現場の一番のリーダーだからです。役員は管掌範囲が広くて、あの現場もこの現場も持っている。役員になると、どうしても遠いところの人になってしまうんですよ。店長なんて遥か上の人で、直接話したこともないという従業員も多い。社長の言葉は、言ってみれば天の声なんです。
しかし、部長は違うんですよ。現場としっかりコミュニケーションをとって、自分の考えを逐次メッセージできる立場にある。「部長がこう言ってます」というのは、ものすごく現場に響くんです。影響力が大きい。社長の言葉は天の声だけど、部長の言葉は届く。ここが決定的に違うところです。
経営の戦略を現場に届けるには「翻訳者」が必要なんです。中計で打ち出された方向性を、自分の言葉で噛み砕いて、「私たちの部署ではこういうことをやっていくんだ」と語れる人。その役割を担えるのは、部長しかいないと考えました。だから24年は部長からやりましょう、と。部長の存在価値が一番大きいと、私たちは思っているんです。
研修の設計思想——アンラーニングのための「強烈な経験」
株式会社スタンス
CDO
新田 光勇
グループ全体の部長を1泊2日で集める研修は、どのような考え方で設計されたのでしょうか。
今津さま:最初に決めていたのは、「研修然とした研修はやらない」ということでした。知見の豊富な部長ですからね。普通の研修をやっても「ああ、聞いたことあるよ」「よかったね」「1泊2日でみんなと喋れてよかったね」で終わってしまう。「じゃあ仕事に戻って、今まで通りやろうか」では、何の意味もないわけです。
部長には変革のリーダーになってもらいたかった。そのためには意識改革が必要です。内向き思考から脱却してもらって、「変わらなきゃ」と心から思ってもらえるようにするにはどうしたらいいか。何十年も染みついた成功体験をアンラーニングしてもらうには、やはり強烈な経験が必要だと考えました。
そこでスタンスさんと一緒に設計したのが、「自分が再入社する」「自分が事業会社の社長になる」という仕掛けでした。ケースワークの中で、一度退職した自分が改めてこの会社に入社したいと志望するシーンを設定したんです。なぜこの会社なのか、自分は何を実現したいのか——ものすごく動機を語らなければならない。普通の研修ではやらないですよね、そんなこと(笑)。しかも選抜型ではなく、管理職全員にやりましたから。
全ての回に小野が参加して、自らの言葉で語りました。部長たちは自分の頭で考え、しんどい思いをしながら自己と向き合った。アンケートでは「あんなの初めてでした」という人が多かったですね。良くも悪くも、記憶には残る(笑)。しんどかったからこそ、いい反応が出たと思っています。それは間違いなく成果でした。
変化の兆しと、残る課題
研修を経て、部長層にどのような変化が見られましたか。また、残る課題があればお聞かせください。
今津さま:「価値共創」というキーワードについては、強く浸透していると感じています。講師の皆さまとの壁打ちによる思考の整理と言語化もありましたし、何より小野が自分の言葉であの場で語りましたから。「なぜ価値共創なのか」というところも、部長たちは自分なりに理解しています。
ただ、正直に言えば、行動変容までは至っていません。ここは課題ですね。なぜなら部長層と一般社員への浸透度には大きな差があることが社内アンケートで分かったんです。部長が自信を持って「これが私たちの価値共創なんだ」と言い切ることができれば、現場にも届く。でも、そこまではまだ到達できていない。自分の言葉で語り切れていないんですね。
もう一つの課題は、短期思考からの脱却です。日々の売上を追いかけることに意識が向きがちで、どうしても短期視点が強い。特に百貨店は毎日の数字と向き合う仕事ですから。中長期で物事を考える、未来を語るということが、まだできてはいないですね。
とはいえ、私たちも1年で合計2回研修をやっただけで変わるとは思っていないんですよ。血肉に染み込んだものは、そう簡単には変わらない。最初の入り口としてあの研修をやりました。社長がハンズオンでみんなに寄り添って対話をして、ああいう場を作れた——それ自体が大きな一歩だったと思っています。
次の一手——変われる環境をつくる
変革期2年目を迎え、次にどのような取り組みを考えていますか。
今津さま:部長がキーマンだという考え方は、1年前から変わっていません。ただ、「あなたたち変わりなさい」とずっと言われ続けたら、嫌じゃないですか。「変わんないのはあなたの責任でしょ」って言われても、「いやいや、それは会社の責任ですよね」って言いたくなりますよね(笑)。
ですから、部長が変わりやすくなるための環境整備もやっていこうと思っています。「権限をくださいよ」「経費使わせてくださいよ」「仕事減らしてくださいよ」——そういう声に応えていかなきゃいけない。変わりなさいと言うだけではなく、変われる土台を会社として整えていく。それが次の一手です。
それともう一つ、役員へのアプローチも始めています。考えてみてください。部長が研修で「変わらなきゃ」と思って現場に戻ったとき、上司から売上の確認をされること自体は当然のことです。ただ、それだけで終わってしまったらどうでしょうか。変革期における新しい提案や挑戦に対して、何のフィードバックもなければ、部長の意識は元に戻ってしまいます。役員が変わらなければ、部長も変われない。だから上から変えていこうとしているんです。
部長への働きかけは続けながら、役員にもアプローチする。部長がうずうずしてきたら、今度はその下のマネージャーを動かす。段階的に、しかし確実に、変革の輪を広げていく。そういう構想で進めています。
スタンスへの評価——「ありもの」ではない研修
今回、スタンスと協働で研修を設計・実施されました。どのような点に価値を感じていらっしゃいますか。
今津さま:まず、時間がない中で、ゼロからカリキュラムを組んでいただいたこと。これができるところって、あまりないと思うんですよね。何度も壁打ちしながら、「こうじゃない、ああじゃない」と。社長にも何回もダメ出しされて(笑)、それでも最後まで形にしてくれました。
特に評価しているのは、「ありもの」ではないという点です。「どこでもこのカリキュラムやっていますよ」というパッケージではない。この研修のためだけに、弊社の戦略に合わせてカスタマイズされている。だからこそ、あの強烈な研修ができたんだと思います。ありものじゃないって、すごく大事なことなんですよ。
今後への期待で言えば、経営の思いをキャッチして、それをどう対象者に染み込ませ、行動変容まで繋げていくか。一緒に考えていただけるパートナーだと思っています。カスタマイズ力というより、パートナーシップ力ですね。私たちが変な方向に行っていたら、「それはやりすぎですよ」と言ってくれる。そういう関係を、引き続きお願いしたいと思っています。
今津様の「価値共創」——人財開発責任者としての挑戦
最後に、今津様ご自身が目指す「価値共創」についてお聞かせください。
今津さま:まずはグループ内の全ての人事担当者と共創していきたいですね。新しい人事のあり方を追求したい。それから外の方とも連携して、異業種での研修もやれたらいいなと思っています。
人事だから従業員に対してだけ、ということではなくて、その先のお客様に対しても何か貢献ができないか。たとえば地域の方向けにオープン講座を開いて、自社の魅力を伝えて、「一緒にやりませんか」と声をかける。そういうことを人事が企画したっていいんじゃないでしょうか。
根底にあるのは、世の中の人たちにJ.フロントリテイリングというグループをもっと知ってもらいたいという思いなんです。大丸、松坂屋という屋号はみんな知っているけれど、それがグループだとは知らない。パルコも一緒だとは知らない。私たちグループが、ものすごく変わろうとしているし、面白いことをこれからやっていく。それが外に知れ渡っていけばいいなと思っています。
よく「ロミンガーの7:2:1の法則」と言いますよね。仕事7割、他者からの助言(薫陶)2割、研修1割。割合で見ると研修は1割でしかない。ただ、現場と離れて経営の声を聞く、自分の役割を考える時間って、忙しい管理職にはないんですよ。その貴重な1割で、普段できないことをやる。普段考えられないことを考えてもらう。
大切なのは繋がり、連動なんです。ぐるぐる円にして回していく。「この研修を受けたから、今の私はこうやって仕事をしている。これが足りないから、また学ぼう」——そういう状況を作りたい。私たちの取り組みはぶつ切りだったんです。研修は研修、仕事は仕事と。それをいかに繋げていくか。1割の研修が、7割の仕事の起点になる。それが私たちの目指す姿です。
変革期はまだ始まったばかりだ。部長という「翻訳者」を起点に、経営の意思を現場に届け、組織を動かす。J.フロントリテイリングの挑戦は続く。
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