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キャリア開発という言葉が、軽くなりすぎた

新田 光勇
新田 光勇
2025.12.06

最近、「キャリア開発」という言葉を聞くたびに、しっくりとこないことが多いんですよね。 
 
多くの人事が、キャリア開発を“個人のWillを明確にする場”として扱っている。 

「やりたいことを描こう」「5年後、どうなりたい?」 
綺麗な言葉だと思うし、耳障りも良いし、未来を考えることもワクワクするかもしれない。ただ、正直それだけでは何も変わらないでしょって思うんです。聞き心地はいいけれど、実のところ中身がなにもないのではと。 

 

▼Willだけを問うキャリア開発は、組織を弱くする
個人のWillを掘り下げる前に、本来問うべきは「この組織はどこへ向かうのか」だと思うんです。組織の方向性もわからないまま、個人のWillを語っても、それはただの空想にすぎないのではないかと。 

そもそも、キャリア開発とは、「自分のやりたいことを整理すること」じゃないと、ぼくは思っています。キャリア開発とは、組織のビジョンや中期経営計画を理解し、その文脈の中で、「自分がどう価値を発揮するかを再定義すること」だと捉えています。 

でも、現実にはそこを語らない。もっというと、語れない、という方が正しいのかもしれないとも思っています。 

 

▼人事がWillに逃げている
多くの人事がキャリア開発を“個の尊重”と勘違いしていると、ぼくは思っていました。ただ、それは違うんだなと最近気づきました。 

実際は、経営や戦略を理解していない人事が、「Will」という扱いやすい言葉に逃げているだけなんじゃないの?と感じることが多いんです。 

事業戦略も、中期経営計画も深く理解していない。 
経営が描く未来と、人が向かうべき方向を翻訳する力を持っていない。 
だから、「あなたはどうしたいの?」という安全な問いに落ち着く。 

この問いは安全ですよ(笑)。誰も傷つかないし、誰も責任を取らなくていいですし。 
でも、その“心理的安全性”の中で、組織も人も成長を止めていくのだとも思います。 
聞いて終わり。考えずに済む。その構図に、ぼくはどうしても違和感を覚えるんです。 

 

▼翻訳者であることを、人事が放棄している
本来、人事(育成担当者)の仕事は「経営の意図を人材の行動に翻訳すること」だと思うんですよね。にもかかわらず、現実の人事は「翻訳」を放棄し、「共感」に逃げていないかなって。 

「あなたのWillを大切にしたい」 
耳障りはいいけど、その言葉の裏で、「経営・戦略と個人を繋ぐ努力をやめていませんか?」と問いたいんです。キャリア開発を推進しているように見えて、それって実際は組織の分断を進めていることにも繋がるのではないか?という可能性も考えて貰いたいかなと。 
 

▼本当のキャリア開発とは、“共進化”ではないか 
キャリア開発の本質は、個人のWillと組織の方向性を重ね合わせ、組織の進化と個人の成長を同時に進めることにあると、ぼくは思っています。 

組織がどこへ向かおうとしているのかを理解し、その中でどんな価値を発揮し、どんな変化を起こすかを考える。これを設計するのが人事の仕事ではないかと思います。 

Willは大切です。 
でも、Willを語る前に、組織がどこへ向かおうとしているのかを理解する 
それがキャリア開発の出発点であり、人事が果たすべき本当の役割だと思います。 

 

▼最後に 
キャリア開発を語るなら、まず人事自身がキャリアを再定義すべきです。 
経営の方向性を理解し、個人の成長と組織の進化をつなぐ“翻訳者”になること。 

「あなたはどうしたいの?」の前に、「私たちは、どこへ向かおうとしているのか」を自らの言葉で語れない人事に、キャリア開発を語る資格はないと心底思っています。耳が痛くても、それが現実ではないかと。そして、そこからしか本当のキャリア開発は始まらないのではないかなって。 

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