▼研修発注の現場で、よく起きるすれ違い
「来期、若手向けにロジカルシンキング研修をお願いしたいんです」
「マネジャー層に1on1の研修を入れたくて」
「次世代リーダー向けに、戦略思考の研修を組んでほしいです」
研修会社をやっていると、こういうご相談を多くのように受けます。
人材育成にちゃんと予算を投じようとされている、誠実なご相談ばかりです。
だから、これを否定したいわけでは全然ないんですよね。
ただ、こういう発注を受けるたびに、ぼくは少し立ち止まることが多いんですよね。
なぜなら、これは「機能発注」だからです。
▼機能発注と、課題発注は、まったく違う仕事になる
これ、ぼくの事業開発・PdMとしての経験からくる感覚なんですが、発注には大きく2種類あると思っています。
ひとつは「機能発注」
「ロジカルシンキングの研修をください」「1on1の研修をください」と、
機能の名前で発注される形です。
研修会社のメニュー表から選んで指名するイメージに近い。
もうひとつは「課題発注」
「現場のこの意思決定の質を上げたい」「マネジャーが部下の挑戦を引き出せるようになってほしい」と、
解きたい課題の形で発注される形です。
この二つ、外から見ると似ているけど、中身がまったく違う仕事になるんですよね。
機能発注で受けると、研修会社は「ロジカルシンキングを教えるプロ」として、
コンテンツを納品する仕事になる。
課題発注で受けると、研修会社は「その課題を解くために、何を設計するか」から考える仕事になる。
事業開発の世界では、これは「機能を作るチーム」と「問題を解くチーム」の違い、と言われるんですが、
これがそのまま研修発注にも当てはまるなと、ぼくは最近強く感じています。
▼機能発注が増えやすいのは、構造のせい
ここは、誰かが悪いという話ではなくて、構造の話として書きたいんです。
機能発注が増えやすいのは、それが双方にとって動きやすい形だからだと思っています。
発注者からすると、機能発注は社内で説明しやすい。
「ロジカルシンキング研修を実施しました」と書けば、稟議も通しやすいし、
年度の計画にも乗せやすい。研修会社の見積も比較しやすい。
研修会社からすると、機能発注は提案しやすい。
すでに作ってあるコンテンツをカスタマイズすればいいし、提案書も書きやすい。
つまり、双方にとって「進めやすい形」になっているから、自然と機能発注が増えていく。
これは、誰かの怠慢ではなくて、構造がそう仕向けていると思うんですよね。
ただ、その結果として、
過去にぼくが書いた「研修満足度は高いのに、現場が何も変わらない」という現象が起きやすくなる。
これは、ぼくらが業界として、向き合ったほうがいい問題だと思っています。
▼ぼくが、機能発注を受けたときに聞き返していること
じゃあ、課題発注として動くと、現場で何が起きるのか。
「ロジカルシンキング研修をお願いします」とご相談をいただいた場面で、
ぼくが聞き返すのは、こういう問いです。
・なぜ今、ロジカルシンキングなのか
・現場のどんな場面で、誰の思考が浅いと感じているのか
・その思考が深くなったら、現場の何が変わるのか
・中期経営計画のどの戦略に、これは接続するのか
・1年後、何が起きていたら「成功」と呼べるのか
・上司は、その変化を観測する仕組みを持っているのか
これ、けっこう重い問いだと、自分でも思います。すぐに答えられるものでもないなって。
でも、ここを一緒に整理しないと、
ぼくらは「ロジカルシンキングを教える機能」を納品することしかできないんですよね。
それで満足度が高くても、現場で何も変わらないなら、
その仕事は果たして役に立っているんだろうか、とぼくは思ってしまうんです。
▼答えに詰まる場面は、人事の問題というより、組織の問題
ここから少しだけ踏み込んで書きます。
このヒアリングを進めていくと、答えに詰まる場面が出てくることがあるんですよね。
「なぜロジカルシンキングなんでしょう」と聞いて、少し沈黙が流れる。
「中期経営計画のどの戦略に接続しますか」と聞いて、戦略を引き出すのに時間がかかる。
「1年後の成功状態をどう定義しますか」と聞いて、「育成は短期で測れるものじゃない」と返ってくる。
これは、人事担当者ご自身の力量の話だとは、ぼくは全然思っていません。
むしろ、組織として戦略が人事に十分に翻訳されていない、ということの表れではないかと感じることが多いんです。
経営が戦略を描いていても、人事に伝わっていない。
あるいは、戦略そのものが抽象度の高い言葉のまま降りてきている。
その状態で、人事に「育成は何をしましょうか」と問われ続けると、
機能発注に向かわざるを得ない、というのが実情ではないかと。
だから、ぼくがヒアリングで聞き返すのは、人事担当者を試しているわけではなくて、
組織の中で曖昧になっている部分を、一緒に言葉にしようとしている、という感覚なんですよね。
▼研修会社の側にも、見直すべきところがある
ここは、ぼくら研修会社側のほうに矢印を向けた話を、ちゃんと書いておきたいんです。
研修会社の側が「機能発注を歓迎するスタンス」を取り続けていると、
発注者側も「機能で発注すればいい」という習慣から抜け出しにくくなります。
提案しやすい発注は、ついそのまま受けてしまう。
ヒアリングを深くすると案件が長引くので、適当なところで切り上げてしまう。
顧客が考え込まれたら、「では弊社の事例ではこういう設計が多いです」と機能の提案に流れてしまう。
これ、研修業界の中では、よくあるシーンだと思います。
ぼく自身も、振り返れば思い当たる場面はあります。
でも、ここを変えない限り、
研修業界は「機能発注を、機能のまま納品する世界」から動けないと思うんですよね。
そして、その世界で生まれている研修は、残念ながら現場で効きにくい。
▼課題発注ができる発注者と、課題発注で受けられる研修会社が組むしかない
ぼくが最近思うのは、本気で現場を変えたいなら、
課題発注ができる発注者と、課題発注で受けられる研修会社が、ちゃんと組んでいくしかない、ということです。
発注者側でやれることは、シンプルです。
・「何の研修をやるか」を決める前に、「現場の何を変えたいか」を言葉にする
・その変化が、自社の戦略のどこに接続するかを、自分の言葉で語れるようにする
・研修会社から問われることを、嫌がるのではなく、活用する
研修会社側でやれることも、シンプルです。
・機能発注のまま、安易に受けない
・現場の課題が見えるまで、ヒアリングを切り上げない
・顧客が考え込まれたら、機能を提案するのではなく、一緒に課題を言語化しに行く
どちらの側にも、少しの不便はあります。
発注者は、すぐに発注書を出せない場面が出てくるし、研修会社は、受注までの距離が長くなる。
でも、その不便を引き受けないと、研修が現場で効く形にはなりにくいと、ぼくは思っているんですよね。
▼最後に
「ロジカルシンキング研修をお願いします」とご相談いただいた瞬間、
ぼくが内心で考えていることを、今日は正直に書きました。
ヒアリングが重く感じられるのは、
ぼくが厳しくしているわけではなくて、機能発注のままだと、現場で効くものにしにくいからです。
そして、もしこのヒアリングに、すらすらと答えていただける発注者と出会えたら、
ぼくはその会社の人事は、本当に経営と接続していると感じます。
実際、そういう発注者と組ませていただいた仕事は、現場で確実に何かが変わっていく。
なので、最後に合言葉をひとつ。
「これ、機能で発注していませんか」
機能を発注するから、機能が納品される。 実は、それだけのことなんですよね。

